りゅーねブログ

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今週のお題「ゲームの思い出」

今週のお題「ゲームの思い出」

 

柄にもなく今週のお題というやつをやってみる。

今週のお題はゲームの思い出ということでゲームの話を書きたいと思う。

 

今回書くのはファイナルファンタジーX 通称 FFXの話だ。

 

今までたくさんのゲームをやってきて、これからもたくさんのゲームをやると思うがおそらく私の人生の中でおもしろかったゲームTOP3から外れることはないだろう。

 

そんな大好きなFFXなので、100時間以上プレイしてめちゃめちゃやりこんでいた。

スフィア盤は一周全部周り、裏ボスの作中最強キャラ「すべてを超えし者」も倒した。

 

FFXには七曜の武器という隠し武器があり、各キャラクターごとに特定のミニゲームをクリアすると武器の本来の能力を解放できるというシステムがあった。

 

もちろんメインパーティーである、ティーダ、アーロン、ユウナの3人は七曜の武器の能力を解放していた。

裏ボスも倒してしまってやることもなくなったので、メインパーティ以外のメンバーの七曜の武器の能力も解放することにした。

 

さすがにこのゲームをやり込んでいるということもあり、サボテンダーを探したり、蝶々をおいかけたり、ブリッツボールで優勝したり、楽しみながらどんどんミニゲームをクリアしていった。

 

そして出会ってしまった。雷避けに。

 

パーティメンバーの1人ルールーというキャラの七曜の武器の解放条件が、雷避けだった。

雷平原という雷が落ちてくるフィールドがあるのだが、ここで雷が落ちて来たタイミングでタイミングよく◯ボタンを押すと雷を避けることができた。

 

ボタンの入力猶予はだいたい1秒ほどらしいが当時はもっと短く感じた。

いやらしいのが、◯ボタン連打すると猶予の範囲外でボタンを押したという判定になり雷に打たれてしまうという仕様だった。

 

そんな仕様の雷を連続で200回避けるというのがルールーの七曜の武器解放条件だった。

 

これが本当に地獄で、めちゃめちゃ効率よくやっても20分とかかかるらしい。

めちゃめちゃ効率よくやって20分だったが、私はめちゃめちゃ効率よくやってなかったので1時間以上かかるやりかたでやっていた。

 

FF10をやっていたのは私が中学校の時(今から15年くらい前かな?)だったから、今みたいにスマホyoutubeを開いたらすぐに攻略情報がゲットできる時代じゃなかった。

なので、聞きかじった効率が良いらしい方法でずっと挑戦していた。

 

ただ、連続で200回というのがとにかく厳しかった。

100回を超えたあたりで心臓がバクバクしてきて、緊張で手がうまく動かなくなってミスる。精神に大変負荷がかかる作業だったので1日に挑戦するノルマを決めて、毎日毎日やっていた。

 

ある雨の日、ついにその時は来た。

その日天気がかなり荒れていて出かけるような状況ではなかったので、友達と遊ばずに家でずっと雷避けをやることに決めた。

 

午前中から早起きして、ずっと雷を避ける作業をしていた。

なんどもなんども諦めそうになったが、今日クリアしないともう無理だと思って意地になってやっていた。

 

長い間ずっとやっているとだんだん精神が研ぎ澄まされて来て、雷を避けるのがだいぶうまくなっていた。

しかし100回を越えるととたんに心臓がバクバクして雷にあたってしまう。

当たるたびにコントローラーを投げそうになったが、大好きなFFXだったのでちょっと休憩してまたトライした。

 

そして、どんどん雷を避けていく。

100回、110回、120回。カウントはゲーム画面に出ないので頭の中でカウントをしながらどんどん避けていった。

 

190回、191回。胃から何かが込み上げて来そうになるくらい緊張した。心臓がバクバクするのが聞こえる。

 

199回、200回!!!!

 

やった!!!とうとう雷避けを達成した!!!

 

しかし、油断は禁物、数え間違いの可能性を考えて20回くらいは多めに避けておくことにした。なんなら自分との戦いでこのままギネス記録に挑戦してやろうかとおもっていた。

 

そんな調子で黙々と雷を避けていたら、急にテレビの電源が落ちた。

 

冒頭で天気がかなり荒れていると書いたのを覚えてるだろうか。

実はこの日雨だけでなく雷まで鳴っていた。そして、ゲームの中じゃない現実のリアル雷が近くに落ちてブレーカーが落ちたのだ。

 

画面が落ちた瞬間は本当に意味がわからなくて時間が止まったかのようだった。

ゲームのやりすぎで親がテレビをリモコンで消したと思って親にめちゃめちゃ文句をいってしまったが、雷のせいだとわかったら乾いた笑いが出た。

 

当時のゲームにはオートセーブなんて便利な機能はないので、私の雷避けの頑張りはすべて水の泡となった。

その日はショックのあまりご飯も食べずに布団に入って寝た。

 

雷避けをしていたらリアル雷でブレーカーが落ちたなんて話、盛ってると思われても仕方ないがこれは本当に本当の話だ。

  

ちなみに性懲りもなく後日200回避けは無事クリアした。

 

素晴らしすぎるストーリーだけでなく、精神修行まで盛り込んだ本当に素晴らしいFFXというゲーム。

もしやってない方がいたらぜひやってみてほしい。

【ネタバレ含】万引き家族を見たので感想文を書きました。

万引き家族という映画を見たので、感想文を書きたいと思う。

 

書き終えた今公開するのを躊躇うほど殴り書きで脈略がめちゃくちゃな感想文になってしまったので、しっかり映画の内容をなぞりたい人はちゃんとしたレビューをみることをオススメする。

 

現在上映中の作品ということもあるので、細かい内容とかあらすじについては極力触れないようにしたいが、 ネタバレなしで感想を書くというのは無理なので、できれば映画を見た上で本記事をみていただけると幸いだ。

 

まずこの映画のタイトルについてだが、「万引き家族」という非常に強烈なものになっている。

最近流行りの言葉でいうならパワーワードってやつになるのだろうか。

 

万引きという犯罪の名称の後に家族がついて万引き家族

私はこのタイトルを見ただけで気持ち悪さというか、なんともいえない違和感を感じた。

 

私は、万引きに対して個人でするものというイメージを持っている。

子供が親の愛情不足で万引きする。主婦が退屈な日常の中で刺激を求めて万引きする。自分が欲しいものがあるから万引きする。

万引きをする人の理由は上記のようなものが多いイメージだ。

 

私が普段ニュースをみないということもあるのかもしれないが、家族ぐるみで万引きに関与しているというような話は聞いたことがない。

なので万引き家族という言葉をとっても異常に感じてしまったし、気になった。

 

そしてこの映画は見る前から、ハッピーエンドにならないだろうと思って劇場に足を運んだ。

 

現代社会において、万引きという犯罪はどのような理由があろうと許されない。

となると、万引きをしている人間が幸せになるという結末の映画は日本ではまず上映できないだろう。

犯罪を肯定して助長する結果になりかねない映画を日本中の劇場で放映するということは国の何らかの組織が許さないと思われる。

 

そんなことを考えながら劇場の足を運んで、映画を見た。

結果、映画のタイトルを見た時に感じた気持ち悪さというかなんともいえない感情は解消されるどころかもっと大きくなっていた。

 

ちなみに、映画はもちろん一人で見に行った。

 

この映画、万引き家族というタイトルだが親と子は血が繋がった関係ではない。

 

リリーフランキー演じる父親にあたる人物は、日雇いの仕事をしているがそれだけでは生活していくのが苦しいので万引きや車上荒らしをして生活をしていた。

そんな中で、愛情を受けていない子供を拉致して本当の家族のように愛情を注いでいた。

 

家族で一緒に海にいったり遊ぶシーンは本当に微笑ましく、子供に本当に愛情をもって接している。

これによって万引きという絶対に肯定してはいけない悪が、なんだかある種の正義のように感じる人もいるだろうしその手のレビューもたくさん投稿されていた。

 

しかし私は素直に微笑ましいとか暖かい家族だなとかという感情以上に嫌悪感や違和感を感じた。

これは、私の「他人に迷惑をかけるくらいなら自分が多少不幸になった方が幸せ理論」に反するからだろう。

 

他人を不幸にしてしまった場合、そのあとどんなにいいことがあってもやっぱりもやもやした気持ちになってしまう。

あの人は今怒ったり悲しんだりしているのに、自分は幸せになる権利なんてないと思ってしまうのだ。

 

それにくらべると自分の多少の不幸は自分さえ納得してしまえば解決する問題だ。

手に負えないレベルの不幸だとそんな余裕はないけれど、ちょっと我慢すればいい程度の不幸なんて誰かの幸せになるためだったらそれは幸せだったりもする。

 

万引きや車上荒らしなど、誰かを不幸にして得たお金やものを自分や自分の子供のために使う行為がすごく嫌だった。

 

やっぱり仕事を一生懸命頑張って家族のために汗を汗を流し、社会貢献の対価として健全に手に入れたお金で家族を養うことが愛情だと思う。

 

養うといえば、皆さんは小さい頃「将来何人子供が欲しい?」なんて話を友達なんかとしたことはあるだろうか。

私はしたことがあって、周りは「私は一人っ子で兄弟が欲しかったから2人!」とか「自分は3人家族だから3人!」とか答えていた記憶がある。私も「3人兄弟なので3人!」と答えていた気がする。

 

今同じ質問を大人になった友達にすると「1人が限度かな。。」とか「2人がギリギリ」みたいな言い方をするようになった。

 

これは、大人になって自分の収入から子供を養うというリアルな視点で考える必要がでてきたからだろう。子供を育てるのはとってもお金がかかる。愛情という綺麗事だけでは子育てはできない。

 

これは私の意見なので否定的な意見を持つ方がいるのを承知で書くが、私は自分の子供に不自由な思いをさせるくらいなら子供は持たないようにしたほうがいいと考えている。

 

たくさんは買ってあげられないかもしれないけど流行りのおもちゃは買ってあげたい。

大人になった今でもベイブレードミニ四駆の話をするのはとっても楽しいんだから、子供の時に周りのみんなと同じように流行りのおもちゃで遊ぶ経験というのはとってもとっても大切なことだと思う。

 

習い事もさせたいし、大学にだって行かせてあげたい。

本人が望むことを、わがままの範囲を超えない程度に叶えてあげたい。

 

そういうことを考えると、現在の私の収入では残念ながら1人が限界だろう。

その1人だって私の趣味を全部我慢して節約してやっとというところだ。

でも結婚するからにはその覚悟を持って結婚したいし、まだその覚悟が完全に持てていないから本気で婚活みたいなことを始められていないのだと思う。

 

自分の能力や現状は自分が知っておくべきだし、それを考えながら人生設計をしていくべきだと思う。

だから、たまにテレビで貧乏大家族みたいな放送していると大変そうだなあとかいう感情の前に親がしっかりと自分の行動に対する責任を持って欲しいという感情をもってしまう。

 

幸せはお金や学歴や仕事だけじゃ決まらないけれど、自分の子供には選択肢が少ない人生を歩んでほしくはない。

愛情はとっても大切だし、多分一番大切なことなのだけれど、それだけじゃ自分の子供が幸せになるための努力としては足りないと思う。

 

だから、私には万引きをして学校にも行かせない尊敬できない親の元で幸せになれるというイメージが全く湧かなかった。愛情はあるけど環境が圧倒的に悪すぎる。

 

しかし難しいのが、拉致をする前の子供たちの本当家族は、子供を育てるお金はあるんだろうけど子供に対する愛情がなかったという点である。

その証拠に、拉致した子供達は一度も帰りたいという言葉を口にしなかった。

 

そういう観点から見ると、犯罪を犯していたとはいえど子供たちに短期的な幸せを与えていた部分はあるのかもしれない。

だから拉致に関しては法律という点からみると悪かもしれないが、絶対的な悪でなないのかなと思ってしまった。

 

とかここに書いた以上にいろいろなことを見てる間ずっとぐるぐる考えていた。

感想がまとまってなくて非常に申し訳ないのだが、私の文章力がないのに加えて頭のなかがぜんぜん整理できないほどいろいろ思うところがあったということなのでご容赦いただきたい。

 

自分の価値観を見つめ直す機会になる点や、役者さんたちのリアルすぎる演技が見れたという点で、この映画を見たのはとってもよかったと思う。

 

最後どうなるかはあえて書かないので、興味を持ったら劇場に足を運んで自分の目で見て欲しい。

無線LAN環境でVirtualBox内の仮想環境から外部ネットワークに接続する方法

本記事を調査した経緯

Mac無線LAN環境でVirtualBoxから外部ネットワークに接続しようとやり方を調べたら、NATでアダプタ2の設定をすると良いと書いてあった。

だが、試そうとするアダプタ2が無効になっており選択できなかった。

f:id:ryune04:20180628150041p:plain 

結果的に自己解決できたが調査に時間がかかったので、無線LAN接続のための手順をまとめてナレッジとしてインターネットの海に投げることにした。

 

本記事の目的

VirtualBoxからNATを使用して外部ネットワークに接続する手順を共有する。 

 

使用環境

使用環境は以下のとおり。

ホスト機OS:macOS High Sierra 10.13.5

VirtualBoxのバージョン:5.2.12

仮想環境内のOS:CentOS Linux 7.5.1

 

結論

グローバルツール -> ホストネットワークマネージャ

からホスト機のネットワーク情報を追加することで解決!!

 

手順詳細

① グローバルツールを選択 

VirtualBoxマネージャーから、グローバルツールを選択する。

f:id:ryune04:20180628150908p:plain

② ホストネットワークマネージャーを選択

グローバルツールの画面から、ホストネットワークマネージャーを選択する。

f:id:ryune04:20180628151203p:plain

③ ホストネットワークを追加

ホストネットワークマネージャにて作成を選択してホストネットワークを追加する。

ホストのネットワーク情報は自動で設定されるため、基本的にはデフォルトのまま作成を行なって問題ない。

f:id:ryune04:20180628151811p:plain

 

④ natネットワークを追加

上部のメニューの VirtualBox -> 設定 -> ネットワーク からnatの接続情報を追加する。

これも基本的にデフォルトの設定でOK。

f:id:ryune04:20180628152336p:plain

⑤ 仮想環境の起動

仮想環境を作成していない場合、作成して起動する。

すでに仮想環境があって起動中の場合は、必ず再起動すること。再起動を行わないと設定したホストネットワークの情報が反映されない。

 

⑥ 仮想環境のネットワーク設定

画面上部の デバイス -> ネットワーク -> ネットワーク設定で仮想環境のネットワークを設定する。

 

アダプター1にNAT、アダプター2にホストオンリーアダプタを設定する。f:id:ryune04:20180703133026p:plain

f:id:ryune04:20180703133033p:plain

centOSNICを自動で有効化させる

以下のコマンドを実行してネットワークマネージャを起動。

nmtui

 

Edit a Connectionを選択。

f:id:ryune04:20180703133234p:plain

enp0s3を選択。

f:id:ryune04:20180703133144p:plain

Automatically connect にチェックをつける。

X マークが付いていると有効な状態。

 

すべて設定が終わったらOKで設定を保存。

 

⑧ 接続確認

以下のコマンドでenp0s3がネットワークデバイスに正しく認識されていることを確認。

nmcli d

 

そのあとgoogle.co.jpにpingを送ると無事pingが通った。

これで外部ネットワークとの疎通が確認されたため設定作業は終了。

f:id:ryune04:20180703133204p:plain

あとがき

これまで開発を行う際は有線でネットワーク接続をしていたので、無線で接続する際の設定がわからずに時間がかかってしまいました。

 

最近はノートPCもスペックの割に安くなっており、現場等でノートPCで開発するということも増えてきたと思います。

そんな時に同じ事象で困る人が少しでも減ればと思い本記事を書きました。

 

よくわからなくても画像を見て真似すれば解決できるよう、なるべく手順を省かずにキャプチャを載せてみました。

 

技術系の記事を書くのは初めてということもあり、説明が間違っていたりわかりにくい点などがあると思いますが、コメント等でご指摘いただけると幸いです。

届かなかったラブレター

突然だが、皆さんは異性に手紙を書いたことがあるだろうか。

 

私はアイドルヲタクになってからはたびたび手紙を書いているのだが、別にもともと手紙を書いたりなどはするようなタイプではなかった。

 

ただ、はじめて女の子に手紙を書いたときのことは今でも覚えている。 

 

 

私は小学校のころは足が早かったので自分で言うのもあれだが結構モテた。

ryune04.hatenablog.com

 

そして、あすかちゃんという女の子と仲良くしていた。

(このときの話は気が向いたら別の記事に書きます。)

 

あすかちゃんは私の初恋の相手だった。

私に好意を持ってくれていて、クリスマスに手作りの手編みのマフラーをもらったり、当時流行ったかわいいアンケート用紙みたいなやつに気になる人の欄に私のイニシャルを書いてくれたりしていた。(画像参照)

f:id:ryune04:20180522151453j:plain

 

 

ただ、当時は小学生で女の子と付き合うというシステムが全く理解できていなかったため2人でデートをしたりとかそんなことは一切しなかった。

いや、本当はちょっとわかっていたんだけれど誘うのが怖くて誘えなかっただけなんだけど。

なので、交際しているというよりはあくまでただの両思いというめちゃめちゃプラトニックな関係だった。

 

そして私達は中学生になった。

中学校は自分の通っていた小学校も含めた付近の複数の小学校の生徒が全部一緒になるような形だった。

 

人数も多かったので、私とあすかちゃんは別のクラスに振り分けられてしまった。

クラスが違うとなかなか話す機会も無く、私達はどんどん疎遠になっていった。

 

中学に入ってしばらくすると、私とあすかちゃんが付き合っているみたいな噂が流れた。

当時は思春期真っ只中の中二病だったので、周りにからかわれたりするのが嫌で

「べ、別に付き合ってねーし。」

みたいなことを言ってしまった気がする。

 

そんな状況は相手も同じだったのか、私のそんな言葉が伝わってしまったのか、私達は廊下であってもお互い言葉をかわさずにどこかよそよそしい態度をとるようになっていた。

 

日に日に離れていく2人の心の距離。正直めちゃめちゃ焦っていた。

ここで男らしく校舎裏に呼び出して気持ちを伝えられればよかったのだが、チキンな私にはそんな勇気はなかった。

 

そして思いついたのが手紙である。

 

今の私の気持ちを手紙で伝えよう、ちゃんと言葉にしようと思い一生懸命何度も何度も書き直して汚い字で埋め尽くされた手紙が完成した。

手紙でも照れが出てしまって、好きとか大切に思ってるとかそんな言葉はかけなかったけれど、自分なりに相手に対する気持ちを頑張って書いた。

 

それから手紙を鞄に忍ばせて、渡すタイミングを何度も何度も狙った。

手紙を渡したことがバレたら恥ずかしいので絶対に相手が一人のときじゃないとだめだなんてことを思いながらタイミングを待っていると一ヶ月、二ヶ月、どんどん時が過ぎていった。

 

私はもう完全に心が折れてしまい。手紙を渡すことも気持ちを伝えることも諦めてしまった。

 

 

そして、この手紙の処分に困った。

不用意に家のゴミ箱なんかに入れて親に発見されようものなら、もう家の玄関は二度とくぐれない。

 

悩んだ挙げ句、泣きながら文字が見えないくらいビリビリにやぶいて近所の森みたいなところに紙吹雪みたいにして撒いた。

いや普通にコンビニとかに捨てればいいじゃんと今考えれば思うのだが、なぜか森に撒いた。意味がわからない。

 

それが森の主の怒りに触れたのか、それから大学4年になるまでまったくといいほど女の子に相手にされず彼女ができなかった。

その彼女にも振られてしまったし、今も女の子に全くモテないので、実は森の主の怒りは今現在もおさまっていないのかもしれない。

 

こうして私の初恋だったあすかちゃんとの関係は1度も手をつなぐことすらしないまま自然消滅という形で幕を閉じた。

中学校1年生の夏のことだった。

 

それからお互いそれぞれ別々の学校生活を送り、変に意識をすることもない普通の友だちのような関係になった。

 

中学校3年のある日、あれはたしか塾の帰り道だった。

家に帰ろうと1人で歩いていると、たまたまあすかちゃんと道端でばったりあった。そこで、学校のことや進路の話などいろいろな話をした。

 

そんな話の中で、突然あすかちゃんが

「私りゅーねくんに振られちゃったからなー。」

なんて笑いながら言った。

 

私はこの言葉に本当にびっくりした。意気地のない自分が失望して振られたと思っていたのにあすかちゃんのほうは私に振られたと思っていたのだった。

なんだかとってもとっても申し訳ない気持ちになった。

 

そのときにはもう私はあすかちゃんへの好きな気持がなくなってしまっていたので、笑ってごまかしてそのままお別れした。

 

気持ちというのは言葉や態度に表さないと、思っている以上に伝わらない。

壊れるほど愛しても、I love youさえ言えなければ1/3も伝わらないのだ。

 

そういう愛情表現を怠るとお互いの勝手な思い違いでどんどん気持ちは離れていってしまう。これは本当に悲しいことだと思う。

 

みなさんも周りに好きな人や尊敬している人がいるのであれば、ぜひ言葉や態度でそれを伝えて欲しい。 

居場所がなくなったサッカー部 - 後編

本記事は以下の記事の続きとなっております。

ryune04.hatenablog.com

 

そんなこんなで中学ではサッカー部に入部することになった。

 

サッカー部というのは爽やかでモテるイメージがあるし、エースストライカーになってバレンタインデーにチョコを1000000個もらう予定だった。

 

そんなこんなで、毎日部活をやっていく中、あることに気づいた。

全然サッカーが上手くなってない。

 

小学校の頃は、足の速さと運動量を武器にした雑なサッカーをしていた。

足の速さだけで、相手のディフェンスをごぼう抜きしてゴールを決めるというほとんどテクニックが必要とされないサッカーだった。

 

ただ、中学生になるとそれは通用しなくなる。

サッカーが組織的になり、いろいろなことが要求されるようになった。

周りを見て都度状況判断をする、正確なトラップ・パス・シュート、相手のディフェンダーのマークを外すためのチームメイトとの意思疎通などなど。

私にはそれがとっても難しかった。

 

武器だった体力と足の速さも、周りが中学生になって身体が成長していくことによってどんどん追い抜かれていった。

 

そして私の気の小ささもサッカーの世界には向いていないものだった。 

 

サッカーをやっている人は気が強い人が多くて、ちょっと体があたっただけで因縁をつけられるなんてことは日常茶飯事だった。

爽やかなイメージのサッカーだが、審判に見えないところでマーク相手のユニフォームを掴んだり等のラフプレーはサッカーの基礎テクニックの一つといってもいいほど激しいスポーツなのである。

 

そういった性質上、結構苛立ってプレーをしている選手も多い。

まちがって足を踏んでしまってごめんなさいといったら、足を踏み返されて睨み返されたり、しつこくマークについていると苛ついて文句を言ってくる人もいた。

 

気が弱い私は、そんな激しいスポーツの世界に完全にビビってしまっていた。

 

気がつくとボールを持ってもドリブルするのが怖くてボースを持つとすぐにパスを出してしまう、シュートチャンスでも自分でシュートを打たずに味方にパスをだしてしまうなんてことが多くなっていた。

サッカーにおいての私の強みは何一つなくなっていた。

 

ポジションは今までやっていたフォワードからディフェンダーへと変更され、試合にもまたなかなか出られなくなった。ベンチ要員への逆戻りだった。

 

そしてなにより辛かったのはサッカー部の練習で自分がミスったときの周りの目だった。

 

みんな真剣にサッカーをしていたので、パスを送った私がミスをするとなんとも言えないギスギスした雰囲気を出すようになっていた。おいおいまたかよみたいな感じ。

これが本当につらくて、サッカー以外のときもサッカー部のメンバーに対してめちゃめちゃ萎縮するようになっていた。

 

いつのまにか授業が終わって部活が始まるのが心底嫌になっていた。

部活がやりたくなすぎて学校にも行きたくないほどだった。

もう、サッカー部には私の居場所はなくなっていた。

 

思い切って母親に部活をやめたいというと、部活を途中でやめると内申点に響くから卒業までは頑張りなさいと言われた。

それでも何度も何度もやめたいと相談して、学校にも行きたくないと言ったあたりで母親は折れたように部活をやめることを許可したのだった。

 

そうして私はサッカーやめてしまった。 

元サッカー部と名乗るのはなんだか今になっても気が引けるので、サッカーの話になったときにはむかしちょっとやったことあると答えている。

 

ただ、今になって冷静に考えると元サッカー部というのはなんかモテそうな感じがするので、今後は積極的に元サッカー部を名乗って学生時代にまったく貰えなかったバレンタインデーのチョコレートを1000000個ほどもらっていきたいと思う。

 

居場所がなくなったサッカー部 - 前編

もともとは私は体がとてもとても弱い人間だった。

そのため、幼稚園の頃なんかはしょっちゅう病気になって毎週のように病院にいっていた。

 

体が弱いくせに目立ちたがり屋ですぐに人と違うことをして注目を集めようとしていたので、よく喧嘩(一方的に負ける)をして泣いていた。

 

そんな私をなんとかしようとしたのか、親は私をスポーツ少年団の野球クラブに入れた。

当時私も野球を見るのが好きで、プロ野球チップスを集めたり、ヤクルトスワローズの帽子を必ずかぶって遊びに行ったりしていたくらいだった。

 

しかし、残念なことに私にはセンス×という特殊能力がついていた。

同じ時期に始めた子に比べて圧倒的に野球が下手くそだった。

 

キャッチボールをしたら暴投、バットを振っては空を切る、守ってもすぐにエラー。

フライが顔面にあたって泣いたりなんてことは日常茶飯事だった。

しかも体力もないので練習にもついていけず、毎日毎日コーチになんでこんなこともできないんだと怒られまくっては泣いていた。

 

そんな日々に耐えられなくなって野球を続けるのが辛くなってしまいやめてしまった。

あんなに大好きだった野球をみるのも嫌になるほどだった。

 

もうスポーツはこりごりだと思っていた私だが、この後サッカークラブに入ることになる。

 

なぜかというと私が住んでいる地区の男がほぼ全員サッカークラブに入っていたのだ。

そうすると休日に遊ぶ友達がいなくて恐ろしく暇だった。

 

サッカークラブがない日は一緒にスーパーファミコンで遊んでくれる友達も、サッカーがある日は遊んでくれない。なんだか仲間はずれになった感じがして嫌だった。

 

そんなこんなで、みんながサッカーを初めてから結構時間が経った頃にいやいやサッカークラブに入った。

 

サッカーを始めたばかりの頃は、ほんとうにひどいものだった。

始めたばっかりでキャリアが浅いというのにくわえて、運動神経がめちゃめちゃ悪かったのだ。

ボールも全然蹴れない、走りは遅い、すぐバテる、なにをやってもダメダメだった。

もちろん試合には全然出してもらえず、ポジションはフォワードでもディフェンスでもなくベンチという感じだった。

 

練習はついていくのがやっと、年下の自分よりサッカーが上手い子に下手くそとバカにされ、 本当に惨めで家に帰ってから泣いたり、練習に行きたくなすぎてゴネたりしていた。

そんな状態でも、仲間はずれになるのが嫌だったのでやめずにしばらく続けていた。

 

しばらく続けていると、変化があった。

最初はついていくのがやっとだった練習に、余裕がでてきた。

そして、ものすごく遅かったダッシュもそこそこ早くなってきた。

ボールも遠くまでけれるようになってきた。

 

なにより一番うれしかったのは、たまに試合で使ってもらえるようになったことだ。

これが本当に本当に嬉しかった。

 

試合に出て活躍するという目標ができて、練習もより一生懸命やるようになった。

するとどんどんサッカーがうまくなった。それだけではなく、足も早くなって体力もついた。

 

いつのまにか小学校のリレーの選手に選ばれ、マラソン大会ではメダルをもらえるほどに身体能力が上がっていた。

体が弱く病気がちだった虚弱体質少年が、いつのまにかスポーツで目立てるまでになった。

 

このときは本当にサッカーを始めてよかったと思ったし、おとなになった今でもあのタイミングでサッカーを始めて本当に良かったと思っている。

 

ちょっとずつできるようになって楽しくなったサッカー。

あんなにいやだったサッカーが、いつのまにか好きになっていた。

 

野球は途中でやめてしまったけれど、サッカーは小学校を卒業するまで続けることができた。

 

中学生になると、学校のきまりで必ず部活に所属しなくてはならなかった。

私はもちろんサッカー部に所属することにした。

 

そしてそのサッカー部をやめることになる。

 

続く。

 

酸欠少女さユりさん

酸欠少女さユりさんを初めてみたのは、タワーレコード川崎店前の野外広場だった。

 

その日は、BiSとギャングパレードのリリースイベントがタワーレコード店内で行われる日だった。

 

午前中フットサルの予定があり、ギャンパレのリリースイベントには間に合わない時間になってしまった。

 

BiSのリリイベはこのリリイベをもってカミヤサキがギャンパレとの無期限トレード終了。

そしてなによりこの日を逃すと推しのプー・ルイのライブが武道館までないということで、絶対に参加したいと思って急いで向かった。

(その後武道館前日にリリイベが追加されたので実際はセミファイナルだったのだが。。)

 

会場に入ろうとするとお店の前に人だかりができていた。

あれ、BiSのリリイベ外だっけと思ってCDの申し込み用紙をのぞいてみると酸欠少女さユりと書いてあった。

 

酸欠少女さユりは名前だけは知っていたが、名前的になんかサブカルっぽいかんじなのかなーくらいの印象しかなくて楽曲は全く聞いたことがなかった。

 なので、そのまま素通りしてギリギリギャングパレードの最後の曲だけ見た。

 

ギャンパレのリリイベが行われてる最中、既にBiSの特典会の整理券をもらうためにすでに研究員がめっちゃならんでて並ぶのちょっとしんどいなーとおもったときに外でさユりのリリイベあったことを思い出したので見てから並ぶことにした。

 

イベントがはじまるとアコースティックギターを持った華奢な小さな女の子がでてきた。

近年YUIとかmiwaとかの影響でギター持ったシンガーソングライターみたいなのって流行ってるしPOP系の感じなのかなーと思った。

 

MCが始まると独特な空気感を出しいて、ギターのチューニングをしながらMCをする感じがなんかアーティストっぽいなという感じがした。

メッセージ性の強いポエムのようなMCだった。

 

そしていよいよ歌い出したのだが、いい意味で期待を裏切ってくれた。

 

歌ったのはリリース曲の月と花束だった。

www.youtube.com

 

イントロが始まってまずびっくりしたのはギターのうまさ。

さユりさんはかき鳴らすようにギターを弾くのが印象的なのだが、これがめちゃくちゃかっこよくて痺れた。

 

歌い出した瞬間完全に酸欠少女さユりさんのことを好きになっていた。

 

声は高くてとっても可愛らしいのだが、歌はめちゃめちゃかっこいい。

マイクにぶつけるように歌う魂のこもった歌、身体に響いてくる声量、かっこいい曲調、全部が私の好みだった。

見た目のかわいらしさと歌の迫力とのギャップにもやられてしまった。

 

ふらっと1曲くらい聴いていこうと思っただけなのに、気がついたらその場を動けなくなっていた。 さユりの弾き語りライブはそれほどに魅力だった。

 

帰ってからyoutubeさユりを調べると、路上弾き語りの動画がたくさんあがっていることに気がついた。

www.youtube.com

 

どれも本当に最高すぎて、見ればみるほど好きになった。

 

アルバム「ミカヅキの航海」も購入して聴いたがやっぱりとても良い。

アルバムの中だとアノニマスがめちゃめちゃ好みだった。

www.youtube.com

 

あの日偶然川崎でさユりを知ることができたのは本当にラッキーだった。

 

これからもさユらぁとしてして酸欠少女さユりさんの活動を応援していきたい。